古紙幣の価値っていくら? 旧紙幣の種類や買取相場を説明します!

古紙幣・旧紙幣買取おすすめ業者は?
古紙幣・旧紙幣の種類や特徴を徹底紹介!

どのような紙幣を旧紙幣や古紙幣と呼ぶのかは明確な定義がありませんが、現在発行していない紙幣を総称するものです。

そのため、いつ発行されたものか、どれくらいの数発行されたものかということによって、旧紙幣や古紙幣の価値はさまざまだといえます。

軍票は、戦時中に軍隊が物資の調達のために使用した紙幣で、コレクター間の価値は高いといえます。この記事では、古紙幣・旧紙幣、軍票の特徴や価値について紹介します。

古紙幣・旧紙幣・軍票の概要

古紙幣・旧紙幣・軍票とはそれぞれどのようなものを指すのでしょうか。普段の生活では目にする機会がほとんどないので、名前だけでピンとくる人は少ないかもしれません。ここからは、古紙幣・旧紙幣・軍票の特徴の特徴について紹介します。

古紙幣・旧紙幣・軍票の特徴

古紙幣(旧紙幣)とは、名前の通り古い貨幣のことをいいます。古紙幣と呼ばれるものの中心は主に藩札です。藩札とは、17世紀の江戸時代にそれぞれの藩で発行されていた地域通貨のことで、それぞれの領内での支払いに用いられていました。

特定の藩内でのみ通用した紙幣なので、地域色が豊かです。江戸時代には、既に江戸幕府が発行する貨幣がありましたが、金貨、銀貨、銭貨で、紙幣ではありません。藩札は、財政が逼迫した諸藩が、赤字補填の目的で発行したものです。幕府発行の通貨が供給不足の際には、地域経済を成長させる役割も担っていました。

しかし、明治時代になると、政府は廃藩置県を機に藩札回収令を発布し、新しい通貨への切り替えを始めます。新通貨が整備され、普及するまでの間は、太政官札(だじょうかんさつ)などの政府紙幣と、旧幕府領に設置された府県が発行した札、通商会社が発行した札、大蔵省印が加印した藩札などが入り混じる形で使用されました。

軍票(軍用手票)の特徴

軍票は正式名称を軍用手票(ぐんようしゅひょう)といいます。戦争中、大日本帝国が支配していた占領地などで、軍隊が物資調達のために使用した疑似紙幣のことです。国が発行した通貨ではありませんが、日本で通常使われていた通貨が手に入りにくい地域では、軍の信用と力で通貨としての価値を持たせて、物資との交換を成り立たせていました。

太平洋戦争で日本が敗戦した後は、軍票の疑似紙幣としての価値はなくなりましたが、コレクションとして欲しがるコレクターは少なくありません。コレクターの間では、根強い人気が保たれているため、状態の良いものは非常に価値のあり、高額で取引されることもあります。

古紙幣・旧紙幣・軍票の価値や買取価格を知る方法は?

古紙幣・旧紙幣・軍票の価値は素人には分かりにくいものですが、取引される際の相場は存在します。正確な価値を知るためには、良心的な古銭買取業者に依頼するのがおすすめです。 手間をかけず、安心してそれぞれの価値を知ることができます。ただし、いずれも古いものなので、種類や状態によって価値はさまざまです。 同じものでも、微妙な違いで価値に差が生じます。素人が見て価値を判断するのは難しいものなので、古銭の知識を持った専門家に判別してもらうことが欠かせません。 手元に古紙幣や旧紙幣、軍票があるなら、鑑定を依頼すると良いでしょう。

古紙幣・旧紙幣の買取りおすすめ業者の紹介

福ちゃん

福ちゃんは、古銭や着物・切手など、さまざまなジャンルの商品を取り扱う買取業者です。古銭買取専門の査定員が在籍しており、古銭の価値をしっかり評価してくれるので、安心して買取依頼ができます。

また、記念硬貨や金貨・銀貨など、幅広い古銭が対象なので、ほかの業者で断られた古銭も福ちゃんなら買取ってくれることがあります。ホームページには古銭買取実績が数多く掲載されており、海外など多くの販売経路を持っているため、安値で買いたたかれることもありません。

さらに、福ちゃんはイメージキャラクターとして中尾彬・池波志乃夫婦を起用しており、古銭買取業者のなかでも高い知名度があります。都心部に年々店舗を出店するなど、堅実な成長を続けていることからも、利用者からの評価が高い買取業者だということがわかるでしょう。

古紙幣・旧紙幣の特徴を確かめておこう

古紙幣・旧紙幣にはそれぞれどんな特徴があるのでしょうか。買取を依頼するためには、それぞれの価値や歴史的背景を知っておくことが大切です。

江戸・明治の紙幣

江戸時代には、全国的に流通する紙幣は存在しませんでした。しかし、それぞれの藩内でのみ通用する藩札や、寺社が発行する紙幣などがありました。当時は、金や銀など、原料自体に価値があるものだけを通貨としていましたが、素材の価値を信用して取引していたためです。

紙そのものには高い価値がないため、全国的に信用を得られるような紙幣は存在せず、限られた地域でのみ紙幣として信用を得て通用させるのが限界でした。そのような背景もあり、江戸時代の紙幣は各藩が独自に製造していたので、多くの種類が存在します。

明治時代になると、日本政府の信用を利用して、紙切れである紙幣を本格的に通貨として導入し始めました。

大正~昭和の紙幣

明治時代までの紙幣の種類は1円、5円、10円、20円の4種類でした。大正時代になると、銀貨を鋳造するための銀が不足したため、10銭、20銭、50銭銀貨の鋳造をやめ、急きょ紙幣に切り替えました。

しかし、発行から6年で廃止することになってしまいます。すぐに発行を取りやめたため、銭の紙幣は現存数が少なく希少です。とくに、発行を開始した年である大正6年発行の紙幣は価値が高く、古銭の取引の対象ともなっています。

昭和になって発行された紙幣は、通貨としての信頼性も高いので、全て古銭買取の対象です。中には非常に価値のあるものも存在します。

古紙幣・旧紙幣・軍票の主な種類と特徴

古紙幣・旧紙幣・軍票には、さまざまな種類のものがあります。発行の時期や場所、額面などの異なるものが多く存在するので、どのような種類があるか見ていきましょう。それぞれ移遷ページで詳しく紹介します。

日華事変軍票丁号券 (にっかじへんぐんぴょう ていごう)

日華事変軍票丁号券(にっかじへんぐんぴょうていごうけん)は、1937年(昭和14年)に勃発した日中戦争の際に、戦地での物資調達や支払いに用いられた疑似貨幣です。

日華事変の際には多くの軍票が発行されましたが、日本で用いられていた紙幣のデザインをそのまま流用したものが多い中、丁号券だけは、中国風のデザインで新たにデザインされたものでした。他の軍票とは異なるユニークなデザインがコレクターの間で人気です。

日露戦争軍票 (にちろせんそうぐんぴょう)

日露戦争軍票は、日露戦争中の明治38年(1905年)、日本政府が発行した疑似紙幣の一種です。主な戦場だった満州や朝鮮半島で使用されていました。

日露戦争軍票とは、日露戦争中、戦場となった満州や朝鮮半島で使用されていた疑似紙幣の一種です。戦争が終わった後は銀貨への交換が可能でしたが、日本勝利の記念に持ち帰った人が多かったといわれています。状態の良いものは、高額での買取が期待できる軍票です。

シベリア出兵軍票 (しべりあしゅっぺいぐんぴょう)

シベリア出兵軍票は、第一次世界大戦中の大正8年(1919年)、日本政府が発行した疑似紙幣の一種です。疑似紙幣とは、軍が駐留先で物資調達や支払いに使えるように手形のような役割を持たせたもので、そのままどこでも通貨として使えるものではありません。

額面は10銭、20銭、50銭、1円、5円、10円の7種類がありますが、そのうち5円と10円のものについては、発行数の4割程度しか流通していません。流通してからも、政府がまめに回収していたため、残存するものが少なく、コレクター人気の高い軍票となっています。

日華事変軍票丙号1円 (にっかじへんぐんぴょう へいごう)

日華事変軍票とは、1937年(昭和13年)に勃発した日華事変から戦争に突入した際に、占領地で用いられた疑似紙幣です。軍が駐留先で物資を調達したり支払をしたりする際に使用する目的で、政府が発行したものです。

疑似紙幣とは、手形と同じような役割を持たせたものを指します。そのため、敗戦によって紙幣としての価値を失いました。流通数が多く、希少性が低いため、相場はあまり高くありません。しかし、状態の良いものは少ないので、状態の良いものは高額での取引も期待できます。

日華事変軍票乙号5円 (にっかじへんぐんぴょう おつごう)

日華事変軍票乙号(にっかじへんぐんひょう おつごう)5円は、1937年(昭和13年)、日華事変が勃発し、そのまま戦争に突入した際、占領地に駐留するための物資を調達や支払いを目的として発行されました。

疑似紙幣に分類されるもので、手形のような意味を持っています。乙号券とは、日本銀行兌換券の兌換に訂正線を引いたうえで加筆したもののことです。

あまり人気のある軍票ではありませんが、状態の良いものが少ないため、物によっては高値での買取が期待できます。

[在日米軍軍票]A1円券 (ざいにちべいぐんぐんぴょう)

在日米軍軍票は、大東亜戦争で日本が敗戦した後、日本に駐留したGHQ(連合軍総司令部)の布告によって発行された紙幣です。A1円券は、昭和21年(1946年)に発行されました。当時まだ日本の統治下にあった地域で使用することを想定して発行されたので、朝鮮で主に使用されたものです。

外国が発行した紙幣で、法定通貨となったものは、この在日米軍軍票のA1円券と沖縄で使われたB20円券だけなので、希少性が高いといえます。発行期間が限られていて、保存状態の良いものも少ないので、状態の良いものは高額買取が期待できる軍票です。

[在日米軍軍票]B20円券 (ざいにちべいぐんぐんぴょう)

在日米軍軍票は、在日米軍で使用されていた紙幣です。太平洋戦争の敗戦後、昭和26年(1951)に、GHQ(連合軍総司令部)が発行しました。外国が発行した軍票の中で、法定通貨となったものは、この在日米軍軍票B20円券とA1円券だけなので、希少価値があります。

占領下の沖縄でごく短期間のみ使用されていたということもあり、軍票コレクターの間で注目されている軍票の1つです。紙製なので、良い状態で保存されているものはそれほど多くありません。状態によって価値に差が生じるので、取引の際には専門家に価値を鑑定してもらうことが必要です。

10銭札・5銭札

10銭札と5銭札は、明治から昭和時代にかけて発行された紙幣です。現代社会では1円以下の額面の紙幣を使うことはできず、発行もされていません。10銭札は主に4種類、5銭札は2種類あります。それぞれの特徴について詳しく紹介します。

50銭札

50銭札は、現代は使うことのできない古紙幣ですが、古くは明治25年に、新しいものでも昭和25年という昔に発行されています。全部で5種類発行されており、板垣退助の肖像を印刷したもの、富士山や桜などが描かれているものなどがあります。

20銭札

20銭札は、現代社会では発行されていない紙幣ですが、大正時代という短い期間にのみ発行されたことで、その希少さから人気を集めています。20銭紙幣は主に3種類がありますが、発行された期間により流通枚数に違いがあり、それぞれの種類によって価値も異なります。

1円札

1円札は、大きく分類すると日本銀行が発行したものと、それ以外のものの2種類に分けられます。日本銀行から発行された紙幣のことを、日本銀行券といいます。日本銀行券の主な1円札は、旧1円券・改造1円券・い号券・A号券の4種類です。それぞれの価値や特徴について詳しく紹介します。

2円札

現代では馴染みのない2円札は、明治時代初期に発行されたものです。2円札には、1872年(明治5年)に発行された「明治通宝2円札」と、1873年(明治6年)に発行された「旧国立銀行券2円札」があります。ただし、現在はどちらも失効しており、紙幣として使用することはできません。ふたつの2円札の価値や特徴について詳しく紹介します。

5円札

5円札は、日本銀行兌換銀券や日本銀行兌換券を含む日本銀行券の1つです。額面が5円の紙幣で、旧五円券や改造五円券、甲号券、乙号券、丙号券、丁号券、い号券、ろ号券、さらにA号券の9種類が存在します。そのほかにも、明治通宝の5円札があり、多くの種類が存在します。それぞれの種類について詳しく紹介します。

10円札

10円札は、現在流通していない紙幣ですが、明治時代初期から発行されている貨幣であり、旧札のなかでも数が少ない古紙幣の1つです。10円札にはたくさんの種類があり、すべてを合わせると12種類の10円札が発行されていますが、それぞれに異なった価値がつけられているのが特徴です。

20円札

現在では流通していない20円札は、明治時代に作られた1種と、大正時代の1種、さらに昭和に入って発行された1種の計3種類しか発行されていない紙幣です。
よって、いくつもの種類を持つほかの紙幣に比べると、発行された枚数が非常に少なく、希少価値が高いとされています。どの20円札も買取で高く評価されていますが、それぞれ異なる特徴があります。

50円札

現在、50円札は発行されていません。50円の価値をもつお金としては、中央に穴が開いており、側面がギザギザしている50円硬貨が発行されています。
そのため、額面に50円と表記されているお札は、古銭として扱われています。1951年に発行されたB号券が最後の50円札ですが、50円札にはB号券以外の種類もあり、なかにはプレミア価格がつくものもあります。



100円札

100円札は日本銀行券のひとつであり、主に8種類が存在しています。100円札は日本国内で過去に流通していたもので、現在では硬貨へと変化している金種です。そのため、100円札には100円硬貨とは異なる特徴が見られます。

200円札

200円札には、乙号券、丙号券、丁号券の3種類があります。いずれの種類も、現存数の少なさからプレミアがついているため、古銭市場では高値で取引されています。また、200円札は、どれも80年以上前に発行されたものなので、保存状態によって、200円札の価値は大きく変化します。したがって、状態が良いものは希少価値があるため、特に高値を期待できます。

500円札

500円札には、日本銀行券B号と日本銀行券C号の2種類あります。肖像画はどちらも岩倉具視です。岩倉具視500円札紙幣は支払停止になっていますが、現在でも使用できるものです。
支払停止以後は、昭和57(1982)年登場した500円硬貨が代わりを担っています。

千円札

千円札には、現行紙幣の他旧紙幣を含めて合計5種類です。甲号券、B号券、C号券、D号券と呼ばれるものがあります。
そして、現在使われている一番新しい紙幣はE号券と呼ばれるものです。E号券でも、製造番号やエラー紙幣などの条件により価値が上がるケースがあります。

5千円札

5千円札には、現行紙幣と旧紙幣2種類の合計3種類があります。C号券と呼ばれる紙幣の表面が聖徳太子で裏面が日本銀行であるものです。また、D号券と呼ばれる紙幣の表面が新渡戸稲造で裏面が逆さ富士であるものになります。
そして、現在使われているE号券と呼ばれる紙幣の表面が樋口一葉で裏面が尾形光琳の燕子花図です。中には、製造番号やエラー紙幣などの条件により価値が上がるものもあります。

1万円札

旧1万円札には、いろいろな種類があります。C号券と呼ばれる紙幣の表面が聖徳太子で裏面が鳳凰のものやD号券と呼ばれる紙幣の表面が福沢諭吉で裏面が雉であるものなどです。
そして現在使われているE号券と呼ばれる紙幣の表面が福沢諭吉で裏面が平等院の鳳凰像になります。中には、製造番号やエラー紙幣などの条件により価値が上がるものもあります。

江戸の紙幣

江戸時代には、全国的に流通する紙幣は存在しませんでした。しかし、それぞれの藩内でのみ通用する藩札や、寺社が発行する紙幣などがありました。当時は、金や銀など、原料自体に価値があるものだけを通貨としていましたが、素材の価値を信用して取引していたためです。

紙そのものには高い価値がないため、全国的に信用を得られるような紙幣は存在せず、限られた地域でのみ紙幣として信用を得て通用させるのが限界でした。そのような背景もあり、江戸時代の紙幣は各藩が独自に製造していたので、多くの種類が存在します。

それぞれの詳しい種類については、遷移ページで紹介します。