江戸の紙幣の価値は?
主な種類や特徴を紹介!

江戸時代は、現在の円のようにまだ全国で通用する紙幣が存在しなかった時代です。古紙幣の種類によっては、プレミアが付いているものも存在しています。
したがって、額面よりもかなり高価な金額で売れることもあり期待することもできるでしょう。江戸の紙幣を欲しがるコレクターは多く人気のある紙幣のひとつです。
この記事では、江戸の紙幣の種類や特徴などについて詳しく紹介していきたいと思います。

江戸の紙幣の概要

江戸時代に発行された紙幣は、藩札と太政官札です。藩札とは、江戸時代に各藩が独自に領内に発行した紙幣になります。藩札が最初にできた時期は寛文元年<1661年>です。 また、通説では福井藩によって発行されたものが藩札の元祖だといわれています。藩札の発行をした理由は、経済的に非常に苦しいことに対応し救済するためです。藩札の流通には、藩が独自に流通の規則を定めて藩札以外の流通を禁止した藩もありました。 そんな中、藩札と太政官札の両方の流通を認めていた藩もあったようです。太政官札とは、明治政府により慶応4年5月から明治2年5月まで発行された 日本初の全国通用紙幣です。 また、太政官札は通用期限13年と決めて発行されており、発行した理由は、戊辰戦争による多額の費用が必要であり殖産興業の資金が不足したことです。

江戸の紙幣の主な種類や特徴

江戸の紙幣には、さまざまなものがありコレクターから見てもいろいろ面白く興味深いものがあります。そこで江戸の紙幣には、どんな種類や特徴などがあるのかについて深く掘り下げて紹介していきましょう。

藩札越前福井藩(はんさつえちぜんふくいはん)

藩札越前福井藩は、寛文元年(1661年)にできた紙の紙幣になります。藩札の発行をした目的は、自分の領内の貨幣の不足に対応し、通貨量の調整を担わせるためです。
そこで初期に発行されたものは、藩札越前福井藩の銀拾匁札になります。藩札越前福井藩の銀拾匁札は、歴史的にとても貴重な古紙幣です。藩札の材料には、五箇村ですかれた越前和紙が使われていました。
越前和紙とは、福井県越前市今立地区で製造される和紙です。そして、和紙を使うことによって紙幣の耐用年数を上げることができます。越前和紙と日本の紙幣の歴史は非常に深いものであり、昭和に発行された紙幣にも越前和紙が利用されています。
紙幣の印刷には、和紙に木版すりが基本でしたが手書き墨書の藩札もありました。また、銅版による偽札防止効果のある印刷も行われていました。

太政官札

太政官札は明治元年(1872年)に発行された紙の紙幣になります。太政官札の発行元は明治政府あり、日本全土で通用する日本発の紙幣です。
通貨の種類は、10両札と5両札と1両札そして1分札と1朱札の5種類になります。また、金などに引き換えることができない不換紙幣です。
太政官札は、1879年(明治12年)11月までに新紙幣や公績証券と交換や回収するまで流通しました。太政官札の額面全ての表には、菊と桐の紋章を入れた唐草模様の中に金額を入れ双龍が宝珠を持ち太政官札会計局とデザインとなっています。
そして、裏面のデザインは2匹の鳳凰と慶応戊申発行 通用十三年の文字で元締の印です。最初は、太政官札は13年間の発行期限でした。しかし成り立ったばかりの新政府の信用をよりどころにする紙幣であったこと、偽札が出回ったことによって受け入れられなくなってしまいました。よって明治12年には民部省礼などに交換されることになります。