10円札の価値は?
主な種類や特徴を紹介!

手に入れにくい古銭はコレクターからの注目が集まるため、買取でも高く評価されています。そんな希少性の高い古銭には10円札が挙げられるでしょう。10円札は明治時代初期から発行されている貨幣であり、旧札のなかでも数が少ない古紙幣の1つです。

すべてを合わせると12種類の10円札が発行されていますが、それぞれに異なった価値がつけられているのが特徴です。そこで、この12種類の10円札の種類や特徴、価値などについて紹介します。

10円札とは?貴重な古紙幣

10円札は明治の中頃から昭和初期まで流通していた古紙幣です。さまざまな旧札がありますが、そのなかでも見かけることが少なく、希少性が高いとされています。 また、10円札にはたくさんの種類があります。明治通宝などの10円札を除き、日本銀行兌換銀券や日本銀行兌換券を含んだ日本銀行券だけでも8種類が存在します。このうちの5種類が兌換紙幣というのも特徴です。この紙幣をもって銀行に行くと、額面と同じ金額の金貨への交換が可能でした。 10円札は主に、旧十円券、改造十円券、甲号券、乙号券、丙号券、い号券、ろ号券、A号券に分類されます。このなかでも、い号券には通称1次~4次までの4種類があり、合計で12種類の10円札があると考えられます。

10円札の種類と特徴

日本銀行券として12もの種類が存在する10円札ですが、種類によって異なった魅力を持っています。希少性の高い10円札もありますので、それぞれについて詳しく知っておくのがいいでしょう。ここからは、日本銀行券以外の10円札も交え10円札の種類とその特徴を紹介します。

明治通宝10円札

1872年(明治5年)から1899年(明治32年)まで発行されたのが明治通宝10円札です。縦137mm、横89mmという大きさで、縦型のデザインが採用されています。券種は明治通宝ですので、日本銀行券ではありません。

ただ、明治初期に発行された最初の10円札のため、希少価値は高いといえるでしょう。よって、買取では高値がつきやすくなります。また、日本とドイツの両方で製造された紙幣というのも特徴です。どちらの国で製造されたのかによって鑑定価格が異なりますので注意しましょう。

さらに、保存状態も査定には大きく影響します。明治通宝には100円券や50円券もありますが、それらは現存数が数枚程度しかないと推定されています。取引例もほぼないことから、明治通宝10円札にも高値がつくチャンスが大いにあるといえるでしょう。

旧国立銀行券10円札

旧国立銀行県券は、アメリカに製造を外注して作られた紙幣です。当時のアメリカで使用されていた紙幣には歴史的場面を描いたシリーズがあり、それを参考にデザインされたのが特徴でしょう。縦80mm、横190mmという大きで作られた旧国立銀行券10円札の表面のデザインには雅楽演奏が採用されました。

また、裏面には神功皇后征韓が描かれているのです。日本ならではのモチーフが選ばれていますが、構図がアメリカの紙幣に似ていることから、アメリカらしさが感じられるデザインが特徴です。

1873年(明治6年)から1899年(明治32年)まで発行されていた紙幣であり、全部で12種類ある10円札の中で、最も価値の高い古紙幣です。高いデザイン性と希少性の両方をもつことから、コレクターの注目が集められています。よって、買取に出すと驚くほどの価格がつくかもしれません。

改造紙幣

1883年(明治16年)から1899年(明治32年)にかけて発行された10円札が改造紙幣です。改造紙幣は政府紙幣である明治通宝の偽造が相次いだことを受け、偽造対策として発行されました。

縦93mm、横165mmという大きさで作られた改造紙幣の表面には、神功皇后と大蔵卿印、さらに偽造罰則文言がデザインされているのが特徴でしょう。神功皇后10円札や神功皇后札、神功皇后の改造紙幣と呼ばれることもあります。

デザインに選ばれた神功皇后の肖像の図案を担当したのはイタリア人のエドアルド・キヨッソーネです。外国人によって手がけられたため、神功皇后が西洋風の顔立ちで描かれています。改造貨幣には10円札のほかにも、20銭券や1円券、5円券などがありますが、10円札の鑑定価値は最も高いとされています。よって、驚くほどの買取価格も夢ではありません。

改造十円券

1890年(明治23年)9月12日から1939年(昭和14年)3月31日まで発行されていたのが改造十円券です。日本銀行兌換銀券の1つであり、縦100mm、横169mmという大きさで作られました。

表面のデザインとして描かれているのは和気清麻呂であり、縁取りには8頭の猪が描かれているのがポイントです。このことから、表猪10円とも呼ばれています。また、裏面には額面となる「NIPPN GINKO」の文字が配されているのも特徴です。

それまで発行されていた旧十円券には、虫やネズミなどに食べられてしまうといった食害の被害が多くみられました。また、偽造防止に使われていた薄青色の顔料が黒変することも問題視されていたのです。そういったことを受け、改造十円券が新たに作られました。未使用の改造十円券であれば、想像以上の高値がつく可能性があります。

旧十円券

銀貨との交換が保証された日本銀行兌換銀券として、1885年(明治18年)から1939年(昭和14年)まで発行されていた10円札が旧十円券です。縦93mm、横156mmという大きさで作られた旧十円券には、表面には大黒様が描かれています。そのため、通称大黒10円札として親しまれているのです。また、裏面には額面が記されました。

そのほか、旧十円札は青いインクで印刷されているのも特徴です。これは、偽造防止対策として選ばれたものであり、青いインキは当時の写真術では写りづらかったことが理由です。買取市場でも非常に価値があると考えられ、未使用であれば驚くほどの価格が期待できます。

使用したものであっても高額査定が提示される可能性があるでしょう。ただ、買取査定では保存状態が大きく左右します。旧十円券が傷むと価値が下がってしまいますので、早めに買取に出すのがベターです。

甲号券

1899年(明治32年)10月1日に発行が開始され、1939年(昭和14年)3月31日に廃止された10円札が甲号券です。金本位制への移行に伴って発行された日本銀行兌換銀券の1つであり、金兌換券として知られています。サイズは縦96mm、横159mmと、一般的な大きさで作られた紙幣10円札です。

紙幣の表面には和気清麻呂と護王神社、裏面には猪が描かれています。裏に猪が描かれている理由には、和気清麻呂は猪によって難事から救われたという伝説が残されているという点が挙げられます。裏面の猪の図柄から、「裏猪10円」と呼ばれて親しまれている紙幣です。

また、裏面には英語表記で兌換文言も添えられています。そのほか、明治34年製造などと製造年も書かれているのがポイントでしょう、前期に発行された紙幣には、記号として万葉いろは47文字が使われています。

乙号券

ほとんどの日本紙幣は肖像画が右側に配置されていますが、左側に肖像画が配された紙幣が1つだけ存在します。それが乙号券です。1915年(大正4年)5月1日に発行された乙号券は、縦89mm、横139mmというサイズで作られました。

肖像画として表面に描かれたのは和気清麻呂であり、肖像画の配置がこの紙幣だけ異なるという点から、左和気10円札として親しまれてきた紙幣です。裏面には英語表記で兌換文言が記され、日本銀行兌換銀券の1つとして使用されてきました。

しかし、東大震災や昭和恐慌などで、兌換券の整理が必要になったことを受け1927年2月に「兌換銀行券整理法」が制定されたのです。そういった理由から、1939年(昭和14年)3月31日に失効となりました。肖像画の位置が異なるといった独特の魅力があるため、コレクターに人気の10円札です。

丙号券

日本銀行兌換銀券として1930年(昭和5年)5月21日に発行が始まったのが丙号券です。廃止となったのは1946年(昭和21年)のことであり、縦81mm、横142mmという大きさが採用されています。

1929年の世界恐慌の影響を受け、金本位制を維持することが難しくなった日本では、兌換券を用いての金との交換が停止されることとなったのです。そのため、それまで使用されていた兌換券を無効にするため、丙号券が発行されました。

また、丙号券の表面に描かれたのは和気清麻呂です。1次10円札と呼ばれるこの紙幣は、裏面に京都の護王神社が描かれ、迫力のある仕上がりになっているのも魅力でしょう。買取では高値がつきやすい傾向にありますが、貨幣の保存状態は重要なポイントです。さらに、「証紙付」の場合には高額査定への期待が高まります。

い号券(1次~4次)

い号券は日本銀行券として1943年(昭和18年)12月15日に発行されました。1946年(昭和21年3月2日)に廃止されるのまでの3年弱にわたり、発行が続けられてきた貨幣です。

い号券の前には兌換券となる丙号券が発行されており、表面の意匠はこの丙号券から流用されています。ただし、裏面は異なるため、その違いは分かりやすいといえるでしょう。い号券は、縦81mm、横142mmと一般的なサイズで作られた紙幣です。

3年に満たないという短い期間でしたが、い号券には2種類が存在します。そのどちらにも表面には和気清麻呂、裏面は護王神社がデザインされているのが特徴です。

和気清麻呂をデザインしたこの時代から次々に作られ、連続して4種類の10円札が発行されています。その4種類すべてに似たような和気清麻呂の肖像画が使用されているのです。これらの4種類の10円札には1次~4次の通称がつけられています。

1次として知られているのが1930年(昭和5年)に発行された丙号券です。1次10円札と呼ばれるこの紙幣には、「此券引換に金貨拾圓相渡可申候」と書かれているのがポイントでしょう。金貨との引き換えが可能であった紙幣であり、紙幣の右上に拾圓の証紙がついているものもあります。証紙付の1次は極めて人気が高いため、買取でも優遇されるといえるでしょう。

2次となるのが、い号券の前期に発行されたものです。1943年(昭和18年)から発行されたのもが2次といわれ、この紙幣からは不換紙幣となりました。よって、1次に記載されていた兌換の文言がなくなっているのです。

2次のデザインは3次と似ていますが、3次との違いは記番号にあるでしょう、記号が黒色で印刷されているのであれば、2次10円札です。新円切替によって証紙が貼り付けられた2次10円札もあり、その場合には買取価格が高くなります。

1944年(昭和19年)に発行された改正不換紙幣となるのが3次10円札です。これもい号券として扱われ、2次10円札と同じデザインが採用されています。ただ、記号が赤色であり、通し番号が省略されているのが2時10円札と異なる点です。

そのほかにも、2次10円札では組番号が1~480であるのに対し、3次10円札は481〜533が使用されています。

4次10円札は1945年(昭和20年)に発行されました。ろ号券である4次10円札はこれまで右側に配されていた和気清麻呂の肖像画が、表面中央に描かれているのが特徴です。

ろ号券

1945年(昭和20年)8月17日に発行された10円札は、ろ号券と呼ばれています。日本銀行券の1つですが再改正不換紙幣として発行されているのが特徴です。

しかし、発行後しばらくすると新円切り替えが行われ、1946年(昭和21年)3月2日には廃止となります。よって、通用された期間が1年にも満たなかった貨幣です。新円切替の際には、1度失効した丙号券~ろ号券には証紙を貼付し、臨時に新券の代わりとなる「証紙貼付券」が発行されています。

縦81mm、横142mmの大きさで作られたろ号券は、表面に和気清麻呂、裏面には護国神社が描かれています。4次10円札との通称がありますが、1次~3次と異なる点には和気清麻呂が表面の中央に描かれていることが挙げられるでしょう。前期と後期の2種類があり、それぞれ地紋の色が異なります。後期には高値がつけられており、証紙貼付券がある場合には、さらなる高額査定も期待できるでしょう。

A号券

1946年(昭和21年)2月25日に発行された日本銀行券であり、1955年(昭和30年)4月1日に支払い停止となったのがA号券です。表面には国会議事堂がデザインされていることから、国会議事堂10円や議事堂10円と呼ばれることもあります。

また、裏面のデザインには彩紋が採用されました。縦76mm、横140mmといった大きさをもつA号券は、現行紙幣のため、通常の紙幣と同じように使用が可能です.

A号券のデザインは民間によって行われたのも特徴です。大日本印刷や凸版印刷といった民間企業で印刷が行われましたが、これが偽造を多発させる要因を生み出したともいわれています。

さらに、透かしが入っていない点も問題視されていました。そのほか、表面のデザインが「米国」に見えるといった意見もあり、GHQの陰謀があるのではという悪評もささやかれた紙幣です。このことは国会でも問題となり、多くの物議を醸し出した10円札であるといえるでしょう。