5円札の価値は?
主な種類や特徴を紹介!
5円札には非常にたくさんの種類がありますが、古いものでは明治時代から発行されていた歴史の長い貨幣です。明治通宝や改造紙幣を含めると、主に全12種類の5円札が発行されています。これは、これまでの紙幣のなかで最も発行された種類が多いといえるのです。
5円札の種類や特徴を知ると、買取での高額査定につながる可能性も高まります。そこで、買取の参考になるよう、5円札の特徴や価値などについて詳しく紹介しましょう。
5円札とは?当時の価値は現在と違う
5円札は、日本銀行兌換銀券や日本銀行兌換券を含む日本銀行券の1つです。額面が5円の紙幣であり、旧五円券や改造五円券、甲号券、乙号券、丙号券、丁号券、い号券、ろ号券、さらにA号券の9種類が存在します。そのほかにも、明治通宝の5円札があり、その種類は非常に多いといえるのです。 現在の感覚で5円と聞くと、それほどの価値を感じない人もいるでしょう。しかし、お金の価値は時代によって異なるため、現在の5円と同じ価値ではありません。5円札が作られるようになったのは明治時代のことであり、当時の1円には現在の2万円ほどの価値がつけられていました。そういった理由から、5円札は大金として扱われていたといえるのです。
5円札の種類と特徴
明治時代の貨幣の価値を考えると、非常に高額な貨幣であるのが5円札です。そんな5円札には12もの種類があり、それぞれに異なった特徴があるといえるでしょう。ここからは、12種類の5円札についてその特徴を紹介します。
段落:明治通宝5円札
1872年(明治5年)に発行が開始されたのが明治通宝5円札です。縦137mm横89mmという大きさの明治通宝5円札は、日本で初めて発行された5円札としても知られています。明治通宝というのは、明治初期に政府紙幣として発行されたものであり、ドイツのフランクフルトにある民間工場で製造されたのが特徴です。そういった理由から「ゲルマン札」という別名を持っています。
また、縦型という紙幣にはめずらしいスタイルで発行されたのも魅力でしょう。1899年(明治32年)に廃止となった明治通宝5円札は、現存数が数枚しか確認されていないことから希少価値が高い紙幣です。
鑑定価値が高いといわれる明治通宝においても、「100円」と「50円」に続く高値が期待できる1枚だといえます。保存状態によっては軽自動車が1台購入できるような買取価格も期待できるでしょう。
旧五円券
1886年(明治19年)1月4日から1939年(昭和14年)3月31日にかけて作られていたのが旧五円券です。日本銀行兌換銀券として発行された旧五円券は、縦87mm横152mmという大きさであり、イタリア人のエドアルド・キヨッソーネが図案を制作したことでも話題を呼んでいます。
数ある5円札のなかで、唯一大黒が描かれているのも特徴でしょう。大黒天は裏面に描かれていることから、裏大黒という通称をもつ紙幣です。記番号は漢数字というのも旧五円券を見分けるポイントで、通し番号は5桁で作成されています。
また、通し番号の前後には「第」「番」といった文字が記されているのです。未使用の場合には驚くほどの価値がつけられるといえるでしょう。コレクターからも非常に人気であり、需要の高い5円札の1つです。
改造五円券
1888年(明治21年)12月3日から発行され、1939年(昭和14年)3月31日まで作られていた5円札は改造五円券です。それまでの旧五円券は、紙幣の強度を高めるためにコンニャク粉が混ぜられていました。よって、虫やネズミに食べられてしまうといった食害に遭うことが多かったのです。
これを改善するために作られた紙幣が改造五円券だといえるでしょう。旧五円券と同じように日本銀行兌換銀券として作られたため、紙幣と銀貨を交換することが可能です。ただ、サイズは少し大きくなり縦95mm横159mmに変更されています。
紙幣のデザインには菅原道真の肖像画が使用され、紙幣の真ん中に分銅が配されていることで「分銅5円」と呼ばれて親しまれてきた5円札です。状態によっては高値がつくことが多いため、早めに買取に出すのがいいでしょう。
甲号券
1899年(明治32年)4月1日に発行が始まった甲号券は1939年(昭和14年)3月31日に廃止となりました。寸法は縦85mm横146mmであり、紙幣の中央に武内宿禰が配されているのが特徴でしょう。そのため、中央武内5円札とも呼ばれています。
武内宿禰のほかにも、表面には宇倍神社が描かれているのが特徴です。また、裏面には英語で兌換文言が記されました。前期と後期の2種類にわかれ、前期に発行された甲号札の通し番号には万葉かなが使用されているのです。
後期に発行されているものはアラビア数字であり、見分けがつきやすいといえるでしょう。後期中央武内5円札には高い買取価格がつけられている傾向があります。ただ、正しい知識を持った鑑定士でないことには間違った価格で買取られてしまうこともあるでしょう。よって、信頼できる買取業者を選ぶことも大切です。
乙号券
1910年(明治43年)9月1日に発行が始まった5円札が乙号券です。廃止されたのは1939年(昭和14年)3月31日であり、日本銀行兌換券として発行されています。紙幣のサイズは縦78mm横136mmとなり、甲号券よりもひと回り小さく作られているといえるでしょう。
表面には菅原の道真の肖像画が描かれ、透かしこの模様には大黒天が採用されているのが乙号券の特徴です。そのため、透かし大黒5円札とも呼ばれています。この透かしは偽造対策のために非常に淡い緑色のインクで印刷されていたのも特徴でしょう。そのため、透かして見える大黒が不気味だとの声が相次いだのです。そういった理由から、幽霊札とも呼ばれています。
また、裏面には北野天満宮が配され、兌換の文言が英語で表記された紙幣です。幽霊札とはいわれていますが、そのおもしろさからコレクターの注目を集めているといえるでしょう。
丙号券
日本銀行兌換券として発行された丙号券は、1916年(大正5年)12月15日に発行されています。廃止となったのは1939年(昭和14年)3月31日です。第一次世界大戦の影響を受け、大正期の日本の経済は空前の好景気を見せていました。そのため、紙幣での取引を円滑に行う目的で発行されたのです。
兌換券として発行されていますが、大正6年から30年までは日本の金本制度が停止していました。そのため、銀貨等への交換は行われていません。縦73mm横130mmという大きさをもつ丙号券の表面のデザインには武内宿禰と宇倍神社が描かれました。
明治期にも同じ肖像画が用いられた5円札が発行されており、それに対して大正武内5円と呼ばれている貨幣です。また、肖像として描かれている武内宿禰が立派なひげをたくわえていることから、白ひげ5円とも呼ばれています。裏面には英語表記で兌換文言が記されている5円札です。
丁号券
1930年(昭和5年)3月1日に発行された5円札は丁号券といいます。廃止となったのは1946年(昭和21年)3月2日で、丁号券も日本銀行兌換券としてとして発行されたのが特徴です。
縦76mm横132mmという寸法の丁号券のデザインには菅原道真の肖像画が採用されています。丁号券と同じように菅原道真を配し、図柄のよく似た5円札は4種類あるため、1次~4次と呼ばれて区別されています。丁号券はそのなかでも最初に発行されたものであるため、1次5円札と呼ばれているのです。
1次5円札は普通に使用されていた紙幣ではないため、それほどの流通量はありません。よって、未使用のピン札の場合には7000円~1万円程度の価値は考えられるといえるでしょう、ただし、古い紙幣ですので、破れなどがある場合には価値が下がってしまうことがあります。そのため、早めのに売却するのが高く売るコツでしょう。
い号券
1次5円札と呼ばれる丁号券に続く2次5円札と呼ばれているのが、い号券です。1942年(昭和17年)1月6日に発行が開始された2次5円札は、1946年(昭和21年)3月2日に廃止となりました。
昭和17年から21年の4年間に渡って使われた、縦76mm横132mmという大きさの貨幣です。表面に「此券引換に金貨貳五圓相渡可申候」と記された日本銀行兌換券であり、5円金貨への引き換えができる貨幣として発行されています。
しかしながら、発行当時、紙幣による金貨への兌換はすでに停止されていたのです。そのため、事実上の不換紙幣であるといえるでしょう。2次5円札を買取に出してもそれほどの価値は期待できません。だだし、未使用のピン札の場合には価値が大幅に上がります。手持ちの2次5円札は、状態がいいうちに買取に出すのがベターです。
ろ号券
ろ号券は、3次5円札として1943年(昭和18年)に発行されました。日本銀行券の改正不換紙幣として発行され、1946年(昭和21年)に廃止となった貨幣です。
縦76mm横132mmという寸法で作られた3次5円札の表面のデザインには、い号券である2次5円札のデザインと同じものが採用されています。しかし、2次5円札に書かれている兌換文言が削除され、その代わりとして日本銀行券と書かれているのが特徴です。
また、記番号が黒色で印刷されているのも3次5円札を見分けるポイントでしょう。表面には菅原道真と北野天満宮が描かれ、裏面には護王神社がデザインされています。残念ながら、3次5円札には買取でもそれほどの高値が期待できません。しかし、状態のいい場合には少しでも高く売却できる可能性があります。
五圓A号券
1946年(昭和21年)3月5日に発行されたのは、五圓A号券です。1955年(昭和30年)4月1日に廃止になった貨幣であり、日本銀行券として発行されています。縦68mm横132mmという大きさの五圓A号券は、現行紙幣でもあるため現在でも使用が可能です。
民間によってデザインされたのも五圓A号券の特徴であり、大日本印刷や凸版印刷といった民間企業でも印刷が行われました。ただ、民間企業での印刷は偽造が多発した理由の1つであるともいわれているのです。
また、透かしが入っていないのも五圓A号券を見極めるポイントであり、人物の肖像画などはデザインされていません。その代わりに彩文模様が裏表の両方に描かれています。そういった理由から、彩文5円札とも呼ばれているのです。五圓A号券が製造されたのは1946年の1年間だけでした。その2年後には五円硬貨が発行され、その役目を終えた貨幣です。